理事長の挨拶

理事長(第5期)のあいさつ


本会は「日本マインドフルネス学会」であり,「マインド」を冠する学会です。マインドフルネス(念)とは,パーリ語であれ,英語であれ,原義は「心に留めておくこと」を意味しますが,そもそも,学会としてのマインドがどうあるべきか,どこに向かうべきかという理念についても考え,それに留意する必要があります。ここでは,第3代理事長を拝命した者として,マインドの意味を探るなかで,本会としての心に留めておきたいことについて記すことで,ご挨拶に代えさせていただければ,と存じます。

まず,英語の”mind”ですが,これは古くは記憶の意味で,そこから思考,意志,知性などを表すようになりました。漢字の「精神」の「精」は霊や魂,そこから転じて心,また「精神」の「神」も,失が意識の喪失を表すように,心を意味します1)。これらは,いずれも目に見えない抽象的な意識の働きを指します。こうした理性や知性に偏ったニュアンスを避けるために,「ハートフルネス」という言葉が使われることもあります2) 3)。これは器官としての心臓の意味ではなく,むしろ,"heartful”(心のこもった温かい気持ち)という含意を使うことで,感情面と他者志向的な要素が付け足されています。そのこと自体はとても重要ですが,まだまだ抽象的な印象は否めません。他方,漢字の「心」は心臓の象形文字で,大和言葉の「こころ」は,「コリコリ(凝り凝り)」など「凝る」と同根語です4)。これらは具体的で実体を伴う働きや身体感覚に由来しています。マインドフルネスを抽象的な意識作用に留めず,身体の実感をベースにした,社会のなかでの具体的なアクションとして捉えてこそ,感情的な豊かさや社会的つながりが目に見える形でいっそう醸成されるのではないでしょうか。

加えて,日本語の「心」は,「他者の状況を察していたわる気持ち。思いやり。情け。人情味。」1)という一歩踏み込んだ用法もあります。労り思いやるためには,察して知ることが必要です。他者の状況,さらには世界の状況を見渡すと,世の中は物質的にはかつてないほど豊かになりましたが,それによって穏やかに幸せに生きられるとは限らず,そればかりか,満足な栄養も行き渡らず飢餓がいまだに生じ,また戦災によって苦しむ者や死者も絶えません。他者を思いやるためには気づきが必要で,気づくだけでは思いやることには直結しません。こうした情勢を踏まえて,本会としての「心」を考えたとき,マインドフルネスとコンパッション(慈悲)との結びつきがこれまで以上に強く求められているように感じます。

慈悲とは,「慈しむ」(友愛が原義で「与楽」の意)と「悲しむ」(苦の同情が原義で「抜苦」の意)が合わさったインド由来の仏教用語です。本会の創立者の故・春木豊先生は,「慈悲」に「悲しい」という意味の漢字を充てることの意味が長年ピンとこないと言われていました。ところが,ある日,普段どおりに何気なく食事をしていたとき,ふと魚や肉,野菜が自分の「肉」そのものになっていると生々しく実感し,突然,腑に落ちたそうです。生き物のイノチとそれを食卓まで届ける他者によって自分が生かされているだけでなく,自分のイノチがすなわち他のすべてのイノチであることがつくづく悲しいと感じること,そして,それによってはじめて無縁の慈悲が生じうるというお話だったように思い起こします。

本会の初代理事長の越川房子先生は,就任の挨拶で「縁起と絆を根幹に据えた共生のマインドフルネス」を掲げられました。第2代理事長の熊野宏昭先生は,世界のチャレンジングな状況を踏まえたうえで,マインドフルネスという心の使い方として,現実を偏りなく知ること,また本会を新たな時代を切り開く縁として位置づけられました。このような思いを継承し,マインドフルネスを個人内の抽象的な意識作用に留めず,他者や社会,また自然を含む世界の状況に実感を伴って気づき,共生可能な平和な世界を形作ることを,学会としての心に留めておければ,と思念しております。本会がさらに発展し,世界に貢献できるよう,皆様のお力添えをいただければ,幸甚です。どうぞよろしくお願い申し上げます。

1). 松村 明 (監修). (2026). デジタル大辞泉 小学館.
2). Kabat-Zinn, J. (2012). Mindfulness for beginners: Reclaiming the present moment— and your life. Sounds True.
3). Murphy-Shigematsu, S. (2018). From mindfulness to heartfulness: Transforming self and society with compassion. Berrett-Koehler Publishers.
4). 前田富祺 (監修). (2005). 日本語源大辞典 小学館.

関西大学 文学部
教授 菅村 玄二
(理事長任期:2026年4月〜)

 

第2代理事長(第4期)のあいさつ


 日本マインドフルネス学会も設立から10年目を迎え、この度、第二代の理事長を拝命いたしました。

 今ほど、マインドフルネスが必要とされている時代はないのではないでしょうか。本学会ではマインドフルネスを、“今、この瞬間の体験に意図的に意識を向け、 評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観ること” と定義しておりますが、その結果、「現実」を偏りなく知ることになります。

 これまで、コロナ禍の3年間を過ごしながら、政治的メッセージやマスコミが発信する情報の大きな偏りを実感し、世界が様々に分断されそれぞれが自分にとって正しいと思うことを主張する声があちこちから聞こえ、そして政治体制や経済状況なども大きく変貌し、これまで大前提であったことがもうそうではなくなり、われわれ一人ひとりが、毎日どう生きたらいいのか、どこに向かっていけばよいのか、とても不透明な時代になっていると思います。こんな時は、現実を正しく感じ取り、ニュートラルな自分を回復し維持していくことが何よりも重要になると思いますが、マインドフルネスはその力を高めてくれることになります。

 現在の世界の状況を見渡して見ると、人間社会にとって、これ以上ないピンチが訪れているとも言えますが、そのピンチをチャンスに変えていくしかないのだと思っています。そのためには、ただやみくもに頑張るのではなく、ニーバーの祈りにある「変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、識別する知恵を与えたまえ」という姿勢こそ欠くことのできないものになると思いますが、マインドフルネスは、このアクセプタンスとウィリングネスの力も高めてくれます。

 このような時代の中、本学会は、2600年前から東洋に脈々と受け継がれ、20世紀になって欧米も含めて花開いたマインドフルネスという心の使い方、そして生き方を実践、研究、伝達する場として、今後とも皆様のお役に立てればと考えております。これまで通り、心理学、精神医学、心身医学、宗教、そして教育、産業、脳科学などの領域も含めて、幅広い研究者や実践家に参加していただき、お互いに切磋琢磨して、新たな時代を切り開く縁としていければと思いますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

早稲田大学 人間科学学術院
教授 熊野 宏昭
(理事長任期:2023年4月〜2026年3月)

 

初代理事長(第1期〜第3期)のあいさつ


日本マインドフルネス学会は、欧米でマインドフルネス瞑想が注目される以前から、瞑想の効果に注目し、瞑想実践や研究を行ってきた心理学・精神医学・宗教領域の専門家を中心に設立されました。

マインドフルネス瞑想は、1回の実践による一時的なストレス軽減やリラックスという状態レベルの効果だけでなく、むしろ継続的な実践による特性レベルの効果が注目されているものです。効果を最大限に引き出すために、どのような手続き・組み合わせによるマインドフルネス実践の継続がより効果的か、実践を継続するためのモティベーションをどのように維持するかなど、科学的エビデンスが求められている多くの課題があります。またマインドフルネス実践のプログラムは実践者が生活する社会に適したものであることが求められ、また、効果に関するエビデンスは実践者が生活する社会で得られたものであることが重要です。これらの課題に答えていくためには、我が国においてもこの領域に関心のある研究者や実践家がネットワークを作り、お互いの知見を交換し合い、議論・検討する場が必要です。本学会は、そのような場として機能するために設立されました。

ストレス社会といわれる現代社会におけるマインドフルネスは、現時点ではストレス対処法としてのマインドフルネスといえるかもしれません。ストレスとうまく付き合うために、マインドフルネスという新しい引き出しを増やすことは役立ちます。しかしまた、無我や空の思想の伝統を有し、3.11を経験した我が国におけるマインドフルネスは、ストレス対処法としての個人主義的なマインドフルネスを超えて、縁起と絆を根幹に据えた共生のマインドフルネスを目指したい、さらには共生のマインドフルネスを発信していきたいという思いがあります。

多くの方に本学会にご参加いただき、科学実証主義/エビデンスベースドの枠組みの中で力を合わせ、ご一緒に日本社会と文化を背景にした介入プログラムの開発・工夫・実証そして発信を目指して活動し、この領域の発展に寄与していきたいと存じます。

早稲田大学 文学学術院
教授 越川 房子
(理事長任期:2013年9月〜2023年3月)